子育て

情操教育で「思いやり」を考える

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私は、情操の中心に「思いやり」をおいて考えています。「思いやり」とは、相手の立場に
立って考え、相手の気持に共感する心といえましょう。これを「受容」の能力と呼んでいる人
もあります。そうなると、お母さんやお父さんが、どのように「思いやり」があるか、その点での反省をしてみることが大切です。

毎日毎日の生活の中での意識や行動を点検してみると、建前は民主的のようであっても、その根っこにはタテ社会の考え方のあるものが、今日もなお、たくさん残っています。そこで、このあたりで、もう一度、今の家庭生活が本当に民主的かどうかについて、お母さんとお父さんが話し合って、点検してみることが必要となります。さもないと、混乱の中で教育されている子どもたちの中から、たくさんの犠牲者が出てくる危険性がある。

お母さん自身、お父さんの立場に立ち、お父さんの気持になってあげることを、どの程度しているでしょうか。同じことが、お父さんについてもいえるわけで、どのように妻を「受容」しているかーということが問われる。

子どもが豊かな情操の持ち主に

子どもが豊かな情操の持ち主になってほしいと思います。では、情操というのは、どういうものなのでしょうか。お母さんやお父さんに、あなた自身の情操はなにか、そしてどのくらい豊かな情操を持っているかーときいたならば、何とお答えになるでしょうか。そのことから考えてみなくては、子どもの情操を育てるにはどうしたらよいかは、考えつかないでしょう。

「思いやり」の少ない人は、自分中心の心が強い人です。いわゆるわがままな人です。わがままな人は、いつも自分本位に考えますから、相手の気持を「思いやる」だけの心の「ゆとり」が育っていないのです。

子どもに対する「思いやり」についても考えてみなければなりません。それぞれの年齢の子どもの立場に立って考え、その気持を受け入れているがどうかが、子どもの情操の発達には大きく影響するものです。

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