子育て

自己主張できないことは困難

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二年ほど前のこと、私は西ドイツとオーストリアに四十日ほど滞在し、向こうの友だちの家に泊ったりしていました、というある人。欧米のレストランでは、必ずニューをお客さんの一人一人に渡します。それを受け取った個人は、自分の好みや腹具合や懐具合を考えて、食べたい料理を注文します。ある日、三組の家族でレストランにいきました。七歳の女の子が二人、いっしょでした。

料理が食卓に並べられたときに、自分の肉を少し切ってその子のお皿にのせてあげていました。この旅行から日本に帰ってきて、四組の家族と中華料理店へいく機会がありました。その中に、小学校五年生の男の子が一人入っていました。

ボーイさんからメニューを渡されたのですが、一つだったもので、「どうぞお先に」といって、私にそれが渡されました。そこで私は、自分の嗜好や腹具合を考えて、それにふさわしい料理を注文しました。するとどうでしょう、食卓を囲んでいる七人の大人が、「私も」「私も」といって、右へならえをするではありませんか。

みんながちがった料理を注文することがしばしば

二人の女の子もそれぞれメニューを眺めていましたが、その一人が野菜の盛り合せを注文したのです。そのとき、お母さんは、子どものからだの発育には肉が大事なことを話してきかせましたが、その子の注文は尊重しました。みんながちがった料理を注文することがしばしばです。

そのとき、男の子が、「ぼくはラーメンを食べたい」といい出しました。ラーメンは子どもが好む食べ物ですので、私は微笑したほどです。ところが、その子どものお父さんが、怒りました。「みんなが同じものを注文しているのに、お前はどうしてそういうことをいうのか」といったのです。わがままをいっている「悪い子」だといわんばかりでありました。

皆と同じ、右へならえをしていればよく、自分の意見をいうと、それを「わがまま」として、頭打ちにされてしまうような教育が到るところにあるわけです。「よい子」と「悪い子」の再点検をわが国では、いかに自分の主張をはっきりいうことが困難かを、思い知らされたのでした。

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