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哲学入門

自己の探求は古代のギリシア哲学においても重要なテーマ

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自己の探求は、古代のギリシア哲学においても重要なテーマであった。へーラクレイトスは「わたしはわたし自身を探求し」と言った。テネースは、哲学の目的は「自分自身とまじわる能力」だと考えていた。

〈自己〉というものが概念的規定が極めて困難であるにもかかわらず、しかもなんびとにとっても最も重要な問題であるとすると、〈自己を求める〉ということが問題となって来る。人生の最も根本的なところにおいては、人生は宗教そのものであるともいえようが、それは常に、自己が真に自己自身になるという仕方においてであると論ぜられている。そこで〈自己を求める〉ということを考えてみよう。

インドにおいては、〈自己(アートマン)を求めよ〉ということは、ウパニシャッド哲学において盛んに強調されたことであるが、仏教もまた最初の時期からそれを説いていたのである。釈尊は遊楽にふけっている青年たちに向って「婦女を尋ね求めるこ」よりも「自己(アートマン)を尋ね求めること」を勧めて、かれらを入門させたという。

古代ギリシア哲学では

古代ギリシア哲学では〈自己を求める動き〉は、アートマンと語義的に似ているプシュケー(霊魂)をたずねる動きとして展開した。アリストテレスによると、『魂の認識は真理全体事存在全体の認識」に対しても大いに貢献ということが当然の理として認められ、「霊魂」と翻訳しているように、自己をもとめる動きは、むしろ霊魂の本質およびその属性を探求する動きとして展開したようである。

西洋では〈次自身を知れ〉というモットーはデルフォイの神殿に掲げられて以来、ギリシアでも注目されていた。クリチアスの言として、「自己を知ることは、まさに〈知〉の本質であるとわたしは考えるであろう。この句のもとの意味は、「身のほどを知れ」というほどの世俗的な意味であったと言われているが、ソクラテスはこれを普遍的な意義ある命題に改めて、「賢明な、節度ある人ーそうしてかれのみーが自分自身を知るである」と説いたと言われている。

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