ファッション

虚栄のサイズ表記が生まれた歴史

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どうして性別で異なるのだろうう、既製服の登場で、婦人服は攻意的な番号システムで示されるようになりました。おそらく、実寸を他人に知られないようにしたのでしょう。ウィスコンシン州ミルウォーキーのマウント・メアリー大学のファッション学部長、サンディ・カイザーが説明する。男性のサイズに関する情報は、軍隊が装具や制服のデザインのために行った調査から派生したものがほとんどを占めていた。そのため、紳士服は体の実寸に沿ってサイズ付けされており、二、四、六、八という適当な番号を付けた婦人服のシステムに比べればかなりストレートである。

服のターゲット、つまり、自分のヒップは九一センチだと信じたがっている女性に向けて、ヒップ九一センチという寸法を使う。彼女をがっかりさせないように、九四センチのヒップにも余裕でフィットするようにしたらどうか?九七センチのヒップは?こうして虚栄のサイズ表記が生まれた。

アメリカ農務省によって一九四年に初めて行われた

女性のサイズ調査は、アメリカ農務省によって一九四年に初めて行われた。サイズの幅をより広げようと、商務省が七〇年代に数回、基準の更新を行ったが、そうした試みは一九ハ三年に途切れてしまった。それ以来、アメリカ材料試験協会(ASTM)が、業界向けにサイズ付けの基準を作ったり改正したりしているのですとカイザー。満足なショッピング体験を提供してひいきにしてもらうためには、正確なサイズ付けのシステムが欠かせない。

二世紀後半は、紳士服も女性が買う場合が多かった。ということは、実寸が分かるほうが楽だったわけです。それに、男性というのは、自分で買物をする時でさえ面倒くさがって試着なんかしないものですからね。基準に従うかどうかは各社の自由なんですよ。その結果が、混池としたサイズ表記というわけだ。諸々の正式な基準に縛られることがないので、デザイナーは自由に虚栄のサイズ付けができたのである。

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