恋愛

恋愛している一見ちぐはぐの二人組が実は真のカップル

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世間のカップルを見回すと、なんで、あの二人が・・と驚かされる、一見チグハグの二人組というものが結構多いものである。しかし、じっは、こういうカップルこそが、真のカップルといえるのである。ハタから見て、まあ、お似合いといわれるカップルは、周りからそういわれることをどこか計算し、演技し、満足しているフシが見うけられる。

日頃、自分が大切に思っていと、声をかけてみよう。老若男女、老いも若きも、その暖かい言葉で、自分を取り巻く人間関係を再認識してみてはどうだろうか。どうしても照れて口に出せない人は、電報、とキミタチがスキダという手段はどうだろう。遠く、単身赴任のおとうさんは、家族にむけて、ぜひ、こういう電報を打ってもらいたい。

自分を上等だと思っている美人の女の子は、いつも自分と釣り合う男をさがしている。並みの男では、あんなんじゃ、あたしにふさわしくないわと思っている。これは、非常に論理的な考え方で、たとえば、一流大学を優秀な成績で卒業した男は、自分にふさわしい一流企業を選ぼうとする。このことを、非難する人間などまずいないだろう。それは、当然のことであるのだから。

男と女の間だけに働く作用

男と女の間だけに働く作用であり(マレに、男同士、女同士でもある)、企業と個人の間には、不条理な恋愛感情というものは存在しない。若い女性に真の恋愛をお勧めするのも、そこにある。

一流男が四流企業にはまず就職しないであろうが、超一級の美女が何とも情けない男と結ばれることは、まま、ある。つまり、これが、恋の作用で、理論の通らないところに、恋の恋たるゆえんがある。

理屈抜きの感情のうねりを、生涯一度でも体験してみると、おもしろいし、色んなことが見えてくる。理屈の通らぬ世界を経験すると、ケンキョにもなれる。少なくとも、理路整然と他人を説教することの無意味さは学べるであろう。恋とは、理性では押さえることのできない愛情の高まりを自己の内部に体験することなのです。

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