哲学入門

男は女より優れてあるべきだという理念

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

女たちより背の低い男、腕力のない男、学力のない男、社会的地位の低い男iっまり女たちより「劣った」男たちは無残。とくに現代社会は学力・知力が支配する社会ですから、女たちより低い学力の男たちにはことのほか無情の風が吹く。

一昔前までは「男は女より優れてあるべきだ」という理念が現実とあまりかけ離れていなかった。女たちは大学に入れず、エベレストに登ることもなかった。社会全体(つまり男たちが女たちの能力を抑えつけていたのです。だが、そのおもしが取れたとたん、男たちは自分より優れた女たちに次々に遭遇することになる。しかし、男性信仰だけは崩れない。

もちろん、結婚式のとき新郎が中卒で新婦が東大大学院卒でも、銀婚式のとき夫が係長で妻が(同じ会社の重役であってもいっこうに構わないのですが、なぜか社会はまだこうしたことを例外とみなしている。統計的にはこうした組み合わせがたくさん生じても不思議ではないのに、男性信仰健在であるゆえに、いまだ男のほうが女より「少し上」の組み合わせが支配している。

もうこんなゴマカシは通用しない

弱い男たちでも図式通りがんばってしまい、強い女たちでも図式通り後ずさりしてしまう。しかし、もうこんなゴマカシは通用しない。劣った弱い男たちや優れた強い女たちを「自然」とみなさなければ、男たちーことに劣った男たちーはマスマス苦しくなる、みじめになります。

子供が誘拐された場合、お父さんが寝こんでしまい、お母さんが記者会見してもよく、地震の折り、お父さんが失神してしまい、それをお母さんが肩にヒョイと担いで出てきてもいいのですが、まだ馴染まないようです。

スッパリと男性信仰など捨ててしまえばいいのですが、とはいえ、それがナカナカ捨てられない。むしろ、逆説的なことに、女たちにあらゆる面で「負けている」男ほど最後の砦として「男である」プライドは捨てないようです。それで苦しみつづけるのは勝手ですが。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加