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マネキンの歴史の中での変化

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肉感的なフィギュアを作ろうという試みがあった。一九九八年、イラストレーターのルーベン・トレドは、プッチ・インターナショナルのためにバーディという名のサイズ一八~二〇のマネキンを作っている。スリーサイズは九七、八一、一二だが、いかにもルーベンらしい白い体の人形。ルーベンの妻でファッション・デザイナーでもあるイソベル・トレドが衣装を担当し、バーディにもサイズ四と同じようなデザインの服を着せることにした。

シンシアは張子のフィギュアだが、まるで生きているようだったので、ギャバは時々彼女をオペラにまで連れて行った。マネキンは時代とともに変わり(六〇年代には、ショーケースにツイッギーっぽい体型のものが並んだ)、長い年月のうちによりリアルになっていった。七〇年代には乳首ができ、八〇年代には男性マネキンに股間の膨らみさえ見られるようになる。私たちは、ヒップなクラブやレストランにもあらゆるサイズの人が行くんだってことを、そろそろ顧客に示していい時期だと感じたのと彼女は言う。

相変わらず背が高くて捜せたマネキン

だが、世界中のウィンドウ・ディスプレイや店舗フロアで圧倒的な存在感を示しているのは、相変わらず背が高くてやせたマネキンだ。この業界もご多分に漏れず旧態依然としたところがあるので、太めのマネキンに変えていくにしても、一、三本電話をかければ済むというわけにはいかない。マネキンはヤングなら八、ジュニアなら七というスタンダード・サイズで製造されていたため、全身大きめのマネキンを追加して終わり、というふうにはいかなかった。

一九九三年、シアトルの高校生たちが、もっといろいろな体型のマネキンを置くよう、デパートのボン・マルシェに迫った。そして、若い女性向けのセクションにもっと大きなサイズのマネキンを加えると、店側に約束させたのである。ところが、一見進歩のようなこの動きは、小売業者が直面する障壁を浮き彫りにすることにもなったのであった。

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