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教養は必要か-彼の話が理解できない

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先日、彼と彼の友人三人とお酒を飲んだときのことです。私にはよくわからない話が出てきました、と語るある女性。

教養、って何ですか?人を好きになる、あるいは好きになってもらう資格のひとつに教養は必要ですか?たぶん、彼にこのことをいってもそんなの関係ないよといってくれると思いますが、それでも私の寂しさは消えないでしょう。無知な私は彼にはふさわしくない女なのでは、とふと思ってしまうのです。

文学や映画、美術だとか、果ては作家論までいきました。何も言えない私はただほほえむだけで黙っていました。でも、内心ではとても寂しい思いをしたのは事実です。もちろん彼とは結婚するつもりで交際しています。でも彼はそんな私の寂しさに気づいていません、という。

しかし、自分の教養のなさに気づいていながら、なぜ、あなたは教養をつけようと努力しないのでしょうか。問題は、要するにそこだと思います。

自分の弱点に気づきながらも、それを持って生まれ、死ぬまで持ち続ける変わらぬ特性のように思ってはいませんか。デプでもブスでも無教養でも、努力によって人はある程度、自己を変革、向上できるのです。

自分の弱点に気づかぬまま

自分はデブだと気づき、それを恥じながらも、ケーキを食べまくるのと、それは同じ行為です。でも、彼はデブでもいいよといってくれます。が、この寂しさはどうしてでしょうという質問となんら変わりない。

自分の弱点に気づかぬまま一生を終える人たちもいます。が、彼らは案外幸福です。好きな物を好きなだけ食べて、それで死ぬのですから。もしも、やせていたら得たかもしれない幸運にすら気づかずにすむのです。

寂しいのなら努力すればいい。彼の推薦する本を読むなりすればょいわけです。ただ、彼がそのことをあなたに望んでいるかどうかはわかりませんけど。文学論といった教養がいったいどれだけ人に必要かはいえません。

自分の弱点に気づいたとき、初めて人は弱点を克服したら得られるであろう幸運を思い描き、焦るのです。おそらく、あなたのいまの状態はそのようなものではないでしょうか。教養をつけてれば、いまよりもっと彼に愛されていたかもしれないという焦りがあなたの寂しさの原因でしょう。

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