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工場の閉鎖、解雇-製造拠点がコスタ・リカに移された

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マタと同僚たちは、不審に思いながら、丸テーブルについてじっと待っていた。やがてドアが勢いよく開くと、リーバイスが雇ったケースワーカーが列を成してずんずん入ってきて、各人に包みを渡したー工場が閉鎖される。七月、経営陣は、高利益を生み出してくれた謝礼として一一五〇人の労働者全員に二〇〇ドルのボーナスを支給し、彼らに「奇跡の労働者」の称号を与えた。その六ヵ月後、経営陣は、近くのホテルの豪華な会議室に監督たちを呼び出した。

そこでは、労働者の時給は約一ドルから三・八ドル。一日かかってもサルサモーラの労働者の時給分さえ稼げない人もいるくらいだ。「まるで誰か亡くなったみたいだったわ」とマタ。ドッカースのパンツの製造拠点がコスタ・リカに移されることになったのだという。

リーバイスは、レイオフした各労働者に、週給に勤続年数を掛けた金額と医療給付三カ月分を提示しただけで、早期退職優遇処置などは施さなかった。マタと同僚たちは、顔に平手打ちを食らった気がした。従業員にとっては新しい就職口を探すだけでも気の滅入ることだったが、それに追い討ちをかけたのが、提示された退職条件の寂しい内容だった。マタの同僚の中にはー大抵は夜勤労働者だったがーその日のうちに荷物をまとめさせられた者もいた。

ああ、一体私たちはどうすればいいの?

四人の子どもを何とか食べさせていくため、マタの夫は、コックと八百屋の仕事という二足のわらじを履かなければならなくなった。ちょうどその頃、糖尿病と診断されたばかりだったのに。「ああ、一体私たちはどうすればいいの?どこへ行ったらいいのよ?」。

彼女自身を含めた残りの人々は、数カ月間とどまって中途の仕事を終わらせなければならなかったが、その間、誰もが悔やし涙にむせびながら作業を続けていた。「ろくな教育も受けてないし、言葉もできない。それでも、働き方くらい知ってるわ。なのに、システムには勝てないのよ」。サルサモーラ工場には、レイオフされて混乱し、フラストレーションを抱えた労働者の声がこだましたのだった。

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