子育て

もし「私」がこの世に生まれていなければ

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もし「私」がこの世に生まれていなければ、目の前のわが子も存在していなかったのです。もちろんこの世に生まれなければ、子育てで大変な思いをすることも、日々の中で苦労することも、いろいろ嫌な思いをすることもなかったかもしれません。

親が私に何をしたか、私が親に何をしたか、それをプラスの部分もマイナスの部分も両方書き出す作業をしていくと、最終的には「親がいたから自分も存在している」という、当たり前ですがとても大切な事実に行き着きます。どれほど嫌いでどれほど憎んでいても、その親が命がけで産んでくれたからこそ、今こうして自分がここに存在している。それは紛れのない事実です。

「この世に生まれてなんてこなきゃよかった」というつらい存在否定の気持ちにかられることもなかったでしょう。でも苦しいこと、嫌なことばかりでなく、これまでの人生ではうれしかったこと、楽しい思いもたびたび味わってきたのではないでしょうか。それも、有ることが難しい存在である人間として生まれてきたからこそです。

ほかの部分は許せないままでも

ほかの部分は許せないままでも、ただひとつそこだけは感謝の気持ちをもつようにしていただきたいのです。その気持ちがもてるだけで、そこが土台となって、これからの人生の足場ができていきます。いろいろなことを構築していくことができるようになります。

苦いも甘いもひつくるめて、人間としてそういうことを味わえただけでよしです。「親にこんな仕打ちを受けてきた」という思いがあると、親を許す、親を認める気持ちにはなかなかなれないでしょう。けれども、どんな親であっても「産んでくれただけでありがたい」と、そこだけは感謝の気持ちをもつようにしていただきたいのです。

ズブズプと沈み込んでいく足元に早く凝固剤を打ち込んでいかなければ、どんどん泥沼に飲み込まれていってつらくなるだけです。その凝固剤とは、親を許すことです。自分が幸せになるためには親のいいところを一所懸命考えるしかありません。

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