哲学入門

虚空などの物は正しい認識方法とは無関係に成立している

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

実に虚空などの物は、正しい認識方法(によって知られること)とは無関係に、それ自身によってすでに成立しているものであるとは、何人も考えない。しかるに、アートマンは正しい認識などの活動の基体たるものであるから、正しい認識作用などの活動よりも以前に成立している。そうして、このようなものを否認することは可能ではない。

アートマンは、何人にとっても外来的(agantuka)なものではない。何となれば、それはそれ自身によってすでに成立しているものなのであるから。実にアートマンはアートマン(自己)の正しい認識に依存して成立しているのではない。何となれば、未だ成立していない認識の対象(praneya)を成立せしめんがために、直接知覚(pratyaksa)などの正しい認識方法がアートマンによって用いられるのである。

何となれば、外来的な物(agantukanvastu)を否認することはできるが、(否認する者)自身を否認することはできないから。すなわち、それは否認をなす人その人の自体なのであるから。実に火の熱さは火によっては排除されない。

身体が灰に帰したときにも

身体が灰に帰したときにも、アートマンは断絶しない。何となれば、アートマンの本質は「現在」なのであるから。またアートマンが他の本質を有するということは、想像もできたまた、内我(pratyagatnan)は『自我観念の対象』(asnatpratyayavisaya)であり、『直接知で知られるもの』(きであるといシャンカラの主張が、あまりにもデカルトのそれと一致していることに驚きを禁じ得ない。

さらに「わたくしみずからいま、現在の事物を知る。」「わたくしみずから、いま、過去の、およびより一層過去の、事物を(かつて)知った。」「わたくしみずから、未来の、および、さらに未来の事物を(のちに)知るであろう。」というとき、知の対象は過去・現在・未来の状態によって変化するけれども、知の主体(知者imatr)の変化は存在しない。何となれば、知者は常に現在すること(永遠の現在sarvadavartanana)をその本質としているのであるから。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加