恋愛

激情結婚披露宴を見ていて思ったこと

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K柳の夫が親離れするときを危惧するのは私だけだろうか。K柳の激情結婚披露宴を見ていて思ったのは、彼女の年下の新夫と、我が家の3歳の息子が非常に似ているということである。いつも必ず、からだのどこかが触れあっていますと、彼女は語った。

誕生日は、恋人と祝おう。もしくは、本当にアナタを愛してくれている家族や、少数の友人たちと。そして、見知らぬ人々に、自分が誕生日だからといって祝福を強制してはいけない。以前、テレビで、エリザベス・テイラーが自分の何十回めかの誕生日を記念して、ホールに何百人もの人間を集めて、祝福を浴びていた。愛されることにどん欲な人なのだろう。

息子も、一日中私のそばにまとわりつき、からだをすり寄せてきている。もちろん、外に出る時は必ず母子で手を握りあっている。つまり、K柳夫妻と、ほとんど同じ密着度といえよう(ディープ・キスこそないが)。

息子を見つめるマナザシ

息子を見つめるマナザシは、K柳さんの新夫に送るマナザシと同じくらい、熱い炎がメラメラと燃えていることであろう。そして、この二者の関係が壊れてゆくのは、子供が成長した時である。子供は、次第に母を必要としなくなってゆく。親よりも、友だちとの集まりを大切にするようになる。

親離れの時期を、母は、歯を食いしばって耐えなければいけない。別れる時は、死ぬ時ですとK柳さんは言ったが、別れる時は、甘ったれ坊やが年上女の干渉をうるさいなあと思い始めて自立に目ざめた時だと、思うのである。

K柳夫妻は、でき愛ママと、甘ったれ坊やの関係と同じなのである。いつもそばに居なくちゃ嫌。いつもどこか触ってなくちゃ嫌。ウチの甘えん坊は、私がトイレに入っていると、怒ってドアを蹴とばし続ける。先に風呂から上がらせると、私が上がるまで浴室のドアをたたき続ける。夜中に目がさめて、かたわらに母親がいないと、ママ、ママと泣き続ける。困ったことに、母親はこういう息子がかわいくてしようがないのである。

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