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哲学入門

インドの代表的哲学者と目されるシャンカラはいう

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インドの代表的哲学者と目されるシャンカラはいう、『また「絶対者」(ブラフマン)はあらゆる人のアートマンであるから、ブラフマンの存在することが確定する。何となれば、あらゆる人は
アートマン(自己)の存在することを意識する。決して「われは存在しない」とは考えない。

一般インド人にとって、アートマンなるものは、個人的自我であると同時に、また普遍的自我であるとして表象される傾向がある。そこでインド的特徴の顕著な哲学者の場合には、個人的自我の存在の確認から、直ちに普遍的自我の存在の論証へと飛躍して行くのである。

実に、もしもアートマンの存在が確定していないのであるならば、一切の人々は「われは存在しない」と意識するにちがいない。そうして、(あらゆる人がその存在を承認しているところの)アートマンは、ブラフマンであると。

〈われ独りのみが存在する〉と主張することは、われ以外の人々、次、かれ、の存在を前提としているのである。そうして相互の人格的対立を可能ならしめる、より高き原理の存在を承認せざるを得ない。まさにその問題に内在する理論的必然性にしたがって、両哲学者はより高きものの存在の承認に向って飛躍するのである。

神に対応する絶対者の存在の証明として用いられた

自我の存在の論証が直ちに、神に対応する絶対者の存在の証明として用いられた。〈自我の自覚〉の所論に関する限り、シャンカラとデカルトとは軌を一にしている。そこから出て来る結論は何か?先ず独我論(solipsin)が成立するのではないか、と考えられる。しかし独我論というものは、理論的な難点を内含している。

デカルトによると、自我の認識は神の認識を内含している。すなわち自我は神とは独立に存在するものであるということを知っている。しかし自我の性質、自我が何であるか、ということは、ただ神を通して、あるいは神との関係においてのみ知り得るのである。

デカルトは、人間がその知識の確実性と妥当性については神に依存していしていたばかりでなく、神は人間が生成される原因であり、また人間が時間の中で利那利那にその存在を発していることの因であるということを信していた。

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