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哲学入門

伝統的保守的仏教における個人存在に関する見解

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感受作用(vedana受)、表象作用(sanima想)、形成作用(sanskara行)、識別作用(vimana識)
物質的なかたち(rapa色)、これらの五種類の構成要素(五確)はつねに変遷しているが、これらが集合して個人存在が構成されているという。

知覚は心が観念について働かせる最初の機能だが、同様に、内部から得る最初の最も単純な観念で、人によっては思考一般と呼ぶ』ともいう。知覚という語は、はなはだ曖味で、普通解せられるように、外的な可感的事物をかれは「知覚」と呼んでいることもあるが、広義においては心作用一般を意味していたらしい。かれは、自我を個々の心作用という要素に分解してしまった、と言い得るであろう。

右の思想に近いものを古代東洋にもとめるならば、伝統的保守的仏教(いわゆる小乗仏教)における個人存在に関する見解であろう。それによると、個人存在(pudgala)は多くの構成要素(ダルマ)より成る。

非我なるものはわがものではない

アートマンであるとは見た。と説くようになった。そうして経典のうちのやや遅い部分には、次の定型句がしばしば繰り返されている。『色(受・想・行・識)は無常である。無常であるものは苦である。苦なるものは非我である。非我なるものはわがものではない。これはわれではない。これはわがアートマンではない。』

原始仏教ないし伝統的保守的仏教の説くところとヒュームの所論とは非常に良く似ている。ただしヒュームの所論は以上でとどまっているのに対して、原始仏教では、もう少し込み入った、含蓄のある表現をしている。個人存在を構成している諸要素を五確であると解するようになったときには『五龍を、(アートマンとは異なった)他のものとして見る。

何かしら実体的なものを否定しているところに、「われわれの経験するものは〈非我〉である」という思想が成立する。世間の凡人ならびに哲学者たちはアートマンを想定し、アートマンを求めている。

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